今川正樹先生を偲んで 前篇

今川先生と初めてお会いしたのは、私が大阪大学大学院博士課程4年目の時でした。今川先生が体調を崩され、その間クリニックをお手伝いさせて頂いたのがきっかけでした。それを機に、今川先生の下で認知症治療について学び8年ほどになります。何よりもまず患者様を第一に考えられた今川先生は、20186月、病魔が御身体を襲う前日まで、クリニックにて臨床に従事しておられました。臨床家の鑑であり、医学という分野のプロフェッショナルとして理想的な人生であったと尊敬しておりますが、ご家族の皆様はもっとゆっくり家族としての時間を育みたかったであろうと思います。ご家族のご心中をお察し申し上げますとともに、謹んで哀悼の意を表し、心からのご冥福をお祈り申し上げます。

 今川先生は、昭和20年兵庫県に生まれ、昭和47年神戸大学医学部をご卒業されました。卒業後は神戸大学大学院博士課程において博士号を取得。有馬病院精神科勤務を経て、昭和54年兵庫県立尼崎病院(現:尼崎総合医療センター)神経科(平成4年より精神科に呼称変更)に副医長として勤務、昭和56年より医長になられ、平成12年までの長きにわたり、兵庫県阪神地区における中核病院にて地域医療に大きく貢献し、兵庫県からその多大な功績に対し表彰も頂いております。

その後、平成12年に今川クリニックを開設。開設以降のご活躍は皆様もよくご存じの通りで、広く地域医療に貢献され、関西全域から患者様が来院されるのはもちろんのこと、関東、東海地方や、中四国、九州地方の患者様からも御高診を求められる素晴らしい臨床医でした。

 研究者としても偉大な功績を多数残されていますが、中でも1992年英国の医学雑誌「The Lancet」に掲載された鉄剤によるアルツハイマー病患者の治療例などは高く評価され、その後のアルツハイマー病研究・治療法に大きな影響を与えました。

また、日本精神神経学会、日本認知症学会、日本老年精神医学会など多数の学会に所属し、専門医・指導医として、特にアルツハイマー病の早期診断と治療、後進の指導に精励されておられました。その指導を受けた一人として、深く印象に残っているのは、脳の透明性という概念と、芸術療法でした。後篇へ続く

 

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