脳はすでに蓄積している情報の上に、体験を媒介にした外界からの新しい情報を分析して、新しい思想や感情を形成する。この場合、われわれの体験は、実生活、実体験だけではない。人間は追体験という体験をすることができる。実際にある事柄を体験しなくても、あたかもそれを体験したかのような精神活動ができるのだ。
たとえば、恋愛小説を読んで、登場人物の像を脳に描き、自分がその相手でもあるかのような思いになる。登場人物との恋愛を小説を読む過程で体験しているのだ。
また、癌をかかえた夫をもつ女性が、夫と同じ癌患者の闘病記を読んで、闘病記の著者と同じような体験をする。この女性の追体験は、すでに脳にインプットされている夫の癌に働きかける。夫の癌に対する医療行為の是非や、今まで気がつかなかった夫の悩み、不安、苦しみなども、追体験を通して見直すこともできる。これらはみな、すでに脳に蓄積している夫の癌についての情報と、追体験して得た情報とが結びついて、夫の癌についての新しい概念を形成していくのである。
自著「透明な脳」より