記憶や言葉を習得する能力は、人間の本能として遺伝子に組み込まれている。その意味では遺伝と知力は無関係ではないが、それを拡大解釈して、人間個々の知能の優劣を決める要因として、遺伝を位置付けるのは誤っている。遺伝を必要以上に強調して、環境や主体性の問題を副次的なものとして位置付けることは、逆立ちした理論と言わざるを得ない。人間の脳というのは、環境に順応する可塑性を備えた臓器であることを忘れてはならない。その意味では、脳はほかの臓器とはかけはなれた特殊性をもつ。
実際、脳の神経組織が急速に形成されていく生後三才くらいまでのあいだに、母親や回りの人々からあまり話しかけられなかった子供は、言語の習得が明らかに遅れる。逆に、幼児期に英才教育を施した場合、明らかに知力が発達することも周知となっている。脳という臓器は、外界からの刺激によって大きく変化していく。脳は極めて柔軟性を持った臓器なのだ。
自著「透明な脳」より