さて目から入ってきた情報をたよりに脳は対象物の色や形、それに動きなどを判断するのだが、人間の人間たるゆえんは、その情報を過去の記憶と結び付けて、あらたな感情の世界を形成するという点にある。感動を脳科学の立場から分析してみると、こうした一連の動きであることが分かる。脳を通じて単に物が見えるだけでは、犬や猫と少しも変わらない。過去の体験を基礎として、あらたに脳が描き出す外界を、違った角度から解釈できるようになる過程こそ、精神の発達を意味する。
ここからやや芸術論の領域になるかもしれないが、ひとはよくある風景を見て感動した体験を口にする。かりに夏の太陽が降り注ぐ海辺に立って、光る海面を眺めているひとが二人いるとする。このとき海と太陽という対象は共通しているのに、二人はそれぞれ違った印象をうけているかも知れない。
自著「透明な脳」より