歴史的にみて脳はいったいどんな発達の仕方をしてきたのだろうか。あるいは人間の意識や感覚はどんなふうな変換をたどってきたのだろうか。大学院時代、わたしは霊長類の脳を研究したことがあるが、人間の脳との著しい差は、前頭葉であり、なかでもわたしの研究のデータからでは、前頭葉内側部の発達の状態である。前頭葉の内側部は、人間だけが異常に発達しているのだ。
知能というのは、断片的な知識の習得により育つのではなく、人間と人間とのかかわりのなかで飛躍的に育っていくものなのだ。実生活の経験が脳に記憶され、その後の問題解決に影響を及ぼすのである。実生活と関係のない事柄、たとえば英才教育で、英単語を幼い脳に詰め込んでみたところで、思考力とは全く関係がないのだ。幼児の英才教育は、人間が本来もっている知能を発展させる能力を抑制する働きしかない。もちろん人工的に興味をもたらす状況を設定して、幼児に英単語を教えることは可能かもしれないが、実生活から生じる欲求にまさるものはおそらくないだろう。
自著「透明な脳」より